任天堂とは

●上村先生

  • SONY任天堂との考え方の差と言える?任天堂は元はカードメーカー(トランプやハナフダ)。実用品ではないものを売るメーカー。明治22年花札禁止令が出た年に創業。やがてトランプ累進税も廃止され、山内社長は困り、玩具分野へ進出した。
    ラブテスターは意外と早い玩具の電子化。上村先生もかかわった。日立のトランジスタを使用。
  • ボーリングブーム到来で、そちらの時間売り商売も始めた。
  • ビデオゲームの時代、ニーズがくみ取りやすい。技術の使いまわしができることがわかった。

1.「遊び道具」の開発・製造メーカーである

  1. 生活必需品ではない・・・絶対売れない場合がある
  2. 好奇心を満足させられる存在
  3. 飽きられる存在

2.開発
よって、開発がとても重視される。いつも新しいものをつくっていかねばならない

  • 開発者個人の遊び経験に深く依存する。逆にまじめじゃだめ。
  • 人々の好奇心を理解する能力が要求される
  • ユーザー目線の製造品質に対する情熱を求められる。つまり、壊れにくい製品。これは難しい。コストの問題。

3.製造
製造能力の増減に柔軟に対応する能力が必要。←在庫問題。これが開発に.(読めない)..。「なにつくったんや!」と社内から。

この3つを社員が身に染みて知っている会社。
花札の時代はまだ安定していたのだが、玩具に入ると、この2,3の要望がたくさん入って来た。開発者は2,3だけやっていれば楽なのだが,,,。

4.流通への期待
消費者が求める商品を見極める見識眼を持つこと。
間違った商品を買うと在庫が満タンになって次の商品が買えない。だから山内氏曰く「なんでも買わなくていいよ。いいと思うものだけ買って欲しい」とか言った。
非常に難しい。任天堂は日本玩具連盟に入っていない。おもちゃでも実用品でもない。ファミコンオンリーの展示会をやっていたのも、この4.関係者に対する審判のような展示会。

(以上)

プリシラ船長

プリシラ・ムーグウィーバー
CVS ODYSSEY 2001の主人公の一人。いや一匹か?
何を着せても似合ううさぎです。



高校生くらいからでしょうか。気がつけば海の絵ばっかり描いていますね。
当時集めていたカセットインデックスもリゾートもの。
好きなBGMはリラクゼーションで、ギターやピアノのフレーズがこれまた水のゆらめきを表わすような・・・。

ビデオゲームとの共通点ってのも確かにあって、
例えば光と闇ですね。
ディスプレイの闇の中に映る蛍光体。プレイヤーをこの世ならざる世界に連れて行くあの輝き。
あれは、いつまで見ていても飽きない水面の輝きのような要素を持つのでは、と思っています。

もっとも、ゼビウス以降になると、緑の森林などで背景が明るくなり、ディスプレイから闇が減っていったような気がします。
私が古いゲームが好きなのは、そこに暗闇を感じられるからなんですねえ。きっと。

予習のススメ

平成23年5月26日(水)、京都・立命館大学衣笠キャンパスにて行われるトークイベント、「第5回 ビデオゲーム・カンファレンス―ファミコンとの出会いvol.4 『家庭用ビデオゲームの黎明』」の予習用にと、誰に頼まれるわけでなく特設ページを作りました。

名づけて「特別企画:パンフレットでたどるオムニボットとぴゅう太の世界」。
興味ある方はODYSSEY2001の新着情報からどうぞ。


今回の主役である元・タカラトミー社の山崎芳郎氏は、かの16ビットグラフィックコンピュータ「ぴゅう太」の営業戦略を統括された方で、私が尊敬するプレ・ファミコン期の心のヒーローのお一人です。
それだけに、任天堂上村雅之氏との対談は、まさにぴゅう太×(クロス)ファミコンとでもいうべき、夢すら越えた衝撃の競演であるわけです。、


ただ、文句を言うわけではありませんが、この夢はいささか唐突に実現するせいか、世間での盛り上がりはさほどでもない感じ。
開催場所が、地方である京都だからなのか、平日のしかも開始12時台という悪条件がそうさせるのか。
まあ一般的には、だからどうだ?ってことなんでしょうけれど、私のようなバカのつくクラゲーマニアにしても、何かこう話題先行ではしゃいでいるような、決定しただけで浮き上がってしまっている気になっているのです。

ひょっとしてあれですか?ゲーム動画を見てプレイした気になっているという?!これではいけません。


満を持してその日をむかえるにはどうすればいいか?深く実のある質問はどうあるべきか?
そのために準備すべきこと。それは”予習”でしょう。


それにゲーム学科の教授、学生などビデオゲームが研究科目として身近にある人々ですら、例えぴゅう太ファミコンの名前は知っていたとしても、当日配布のレジメで即反応できるほど、わかりやすいものではない気がします。
何かしら、そういう方々でも自分のペースで予習出来る素材のようなものがあれば・・・
そこで今回、客観性があるパンフレット主体のページを作ろうと思い立ったわけです。



公開に際しては、タカラトミーさんの方に許諾の依頼を行い、「許諾済みの画像である」との表記であればという指導の下、パブリシティと同様の扱いで認可いただきました。
このお返事がまたすごく早くてびっくりしました!
ヘビー感謝しておりますです。


その他、お知らせ=校正を使命とされる方々若干二名様にも、文脈のズレやデッドリンンクの指摘をいただいた次第で感謝感激でございます。まあ、あらたに外部からのデッドリンク問題をかかえていたことに腰を抜かしてしまったのですが・・・(泣きながら修正中)


さらに、なにやらわくの表示がずれるだとか、パンフレットの数が少ないだとか、みなさんおっしゃりたいことはたくさんあると思いますが、もう構造的にこういう形でしかできない実情であることに免じてご勘弁ください。



しかし、webコンテンツをつくるのは楽しいですね。
本当に久々のODY201の更新でしたが、数年来我慢していたものが発散できた感があります。


学術イベントで得られるものは、予習に比例すると思います。
私なりに、製作のために各資料や当時の新聞をかたっぱしからめくったことで、結局は、私自身に一番よい経験となってしまった・・・となればいいんですがね。


最後にひとこと。
こんな夢のイベント、おそらくもう二度とありませんぜ!

目覚めよ あきはさん

美緒あきは
初代クラシックビデオゲームステーション オデッセィ館長。
(1997−2000)
ロシア出身の17歳。


ビデオゲームがもたらす喜び、笑い、幸福というものに魅かれる。
生粋のハード屋で、壊れて捨てられていたゲーム機を修理し、来館者に自由にプレイさせた。
格言:「テレビゲームは壊れてなんぼですぅ。」


つまんないとか、動きが悪いとか、クラシックテレビゲーム(機)のすべての罪を許してくれる、聖母のような存在で、美人で頭もよく、ファンクラブができるほど、来場者からも絶大な人気をほこっていたが、
あるゲーム犯罪組織にオデッセィが巻き込まれた際に大怪我を追ってしまい、傷心のままロシアへ帰ってしまう。


しかし、それは犯罪組織から眼をそらすための彼女流の策。
実は、新生オデッセィ(ODYSSEY 2001)以降も、仮の姿でクラシックビデオゲームステーションの柱であり続けているという。

テレビテニス子姉妹


ゲーム娘はすべてお気に入りなのですが、ファミコとともにBOM氏に最初に作ってもらったのがこの姉妹。
もうけっこう長い付き合いなのが、私の筆で描いてみたのは今回が初めてだったりします。


最初から30年も40年も使う前提でつくられていないので、お姉ちゃん、身体が弱いんです。しかも、アンテナ子はおねえちゃんがいないとなにもできない甘えたで。

でもとても仲がいい。
イーポック社(エポック社)のファミリー志向にそって、最初からそう作られているわけなんですね。

だから、お姉ちゃんだけは、地デジ化改造で生き残ることができるんですけど、それをよしとしない。
なぜなら、妹を捨てることになってしまうから。


く〜!、泣かせる話じゃございませんか!
まさに浪花節の世界、
いや、エポック社台東区だから、浅草人情(氷川きよし)というわけですな。